脳育

児童労働は法律で禁止されている。
禁止理由について、深く考えたことはなかったんだけど。
「教育とは、結局、脳を育てること」と聞いたときに、ふと、思った。
労働って、必ずしも、脳を育てるものじゃないからでは?って。
思考停止させたり、我慢や忍耐を強いたり、苦悩させたり、酷使したり、たくらませたり、偽らせたり…ということを脳にさせるのは。
「育てる」のとは、ちがう。
目的や結果を求めず、脳が育つこと、そのものが目的。
そういうことを脳にさせないと、そういう時間をもたせてあげないと、脳は育たない…教育を与えられることにならない。
労働に挑ませるには、労働に耐えさせるには、脳を育ててからじゃないと、破綻しかねない。
危険ドラッグなどは、脳に、快感を即与える作用があるというが。
脳を育てる時間や過程が欠けていると、脳の破綻を埋めるべく、それらに手が伸びてしまうのかも。
となると、大学は、脳を育てる場と時間の、延長オプション、最終部分ということになるのかなあ。
労働と就職のリンクじゃなくて、脳を育てる時間が多めに貰えると受け止めればいいのかも。
労働って、体力も大切だとは思うけど、同じくらい、精神力も必要なのだ。
精神力の基礎体力って、脳が育っているかどうかだよね、たぶん。