ハッピー媒体

今年の私は、センシティブになりすぎているのかも。
そう思ったのは、先週、内科の診察に行ったとき。
月に一度くらい、持病の再発なのか、自律神経の不調なのか、どちらが原因かわからない症状が起こる。
結局、毎回、後者が原因。
レントゲンで結果が明らかになるので、撮って、結果を伝えて、診察終わり、というドクターもいれば、そうではないこともある。
内科のドクターは、外科とはアプローチの仕方が異なるみたい。
表れた事実(だけ)を重視する外科、表れていないもの、人の内面に、一歩踏み込むこともある内科。
先週のドクターは、一歩踏み込む人だった。
結局、今回も自律神経の不調が原因という結果が出た後、
「何か、ありましたか?」
と一歩。
水面に小石を投げられたようなアプローチ。
静止していた私の内面に、波紋が広がっていく。
その前夜、居住しているマンションの、管理組合総会の議事録を読んだ。
私は出席していなかったが、今年の総会はいつになく荒れたようす。
管理費を滞納し続けている住人がひとりいて、その人が、「一番、非を負っている者ほど、先んじて強気の態度に出る」、という法則(私が勝手につくった法則なんだけど)に沿った行動をしていた。
管理費を払わないことを正当化すべく、管理の仕方のクレーマーとなって大暴れ。
読んでいてすっかり不快モードに陥った。
ただ「議事録」という文字情報を読んだだけなのに。
些細なことのように思えるけれど、実は自分の内面に、ショッキングな作用を及ぼしていたのかもしれない。
自分にとって、不快な作用を及ぼす人間に触れただけで、自分のパワーを損なうことは十分解っていたけれど。
二次元上の人間でも、似たような作用が起こるってこと?
三次元どころか、二次元情報に対してでさえも、このごろの私のセンサーは、過敏な状態になっているらしい。こどもみたいだ。
このセンシティブな状態が、一時的なものなのか、持続的なものなのかは、わからない。
ただ、生身の人間、場所、建物、物体、などの三次元体だけではなく、二次元情報の選択にも、注意を払うことにする。
本でも映画でもテレビでもラジオでもウェブでも、マイナスの作用の気配を感じ取ったら、近寄らないようにする。
先週末。
「ハッピーモード」という観点で棚から選んだ本は、食べること、着ること、生活すること、に関するもの多々。
生きる力のチャージ本というべきか。
ハッピー媒体、みたいな感じ。
生きる力をチャージしてくれるもの。
ハッピー媒体は、三次元であっても、二次元であっても、効果あり。