本棚が苦手

実は、本棚を持っていない。
というより、本棚を持たないと決めている。
理由は何だろう?と改めて考えてみたら、すごくはっきりした答えが出た。
人に本棚(に並んだ本)をチェックされるのが、とても嫌なのである。
本棚って、来訪者にかぶりつきで見られない?
見るな、とも言えないし。
そもそも、室内に、本棚という陳列状態でディスプレイしてあったら、見てね♪と言っているのも同然だしなあ。
だったら本棚を置かなきゃいいんだ、という結論。
これは、性格も関係しているのかも。
どうやら私、自分の家族にさえも、あまり内面を明かしたくない性質みたいなのだ。
所有本って内面の反映だし。
おかげで私の本たちは、クローゼットの中とか、寝室の床に山積みというガサツな状況に耐えている。
ただ、極力所持数を減らすようにしているので、散らかった印象の部屋にはなっていない。(と信じている)
本棚って、収納場所ではなく、観客を前にした本の舞台なのだ、たぶん。
ヴィレッジ・バンガードの、知性のおもちゃ箱をひっくりかえしたような本棚のディスプレイや、彼が本を並べると本が輝きだす、と言われるブック・ディレクターを名乗る幅允孝の本棚編集などなど、さまざまな舞台演出の可能性があるのだろう。
ヴィレッジ・バンガード幅允孝の演出方法は、本を同一カテゴリ分けではなく、一見、無関係な本同士が(本だけにとどまらない場合もある)、実はつながりを持つ糸を秘めている、「連想式」のディスプレイという気がする。
他には・・・・。
先日、書店の新書コーナーで、酒井順子著「ユーミンの罪」と岡田斗司夫著「『風立ちぬ』を語る」が、近い位置に配架されていて、私は二冊とも購入したのだが、これ、後者はもちろん、前者の本も、発端は映画「風立ちぬ」だな、と気づいた。
ユーミンの罪」は、酒井順子による歴代アルバム毎の松任谷由美のカルチャー論なのだけど、今、あえてこれが出版された理由は、「風立ちぬ」のユーミンの主題歌「ひこうき雲」の影が色濃い。
これらで書棚を作るとしたら、「連想式」というより、「核と拡散式」で、真ん中に「風立ちぬ」のDVD(未発売だけど)があって、その周囲に、派生した本とか、養分となった本とか、が、上下左右にあるようなイメージ。
あとは・・・。
2000年の映画「ハイ・フィデリティ」で、ジョン・キューザック演じる音楽オタクの主人公が、自室で、膨大な数のCDを整理しているシーンがあった。
そこを訪ねた同じようにオタクの友人が「整理するの手伝おうか?タイトル順?ミュージシャン順?」と訪ねると、主人公は、誇らしげな顔つきで「ボクの歴史順だ」と答える。
「そんな手間のかかる・・・」と絶句する友人。
そう。「○○さんの歴史順」という本棚もありかも。
本棚にデビューするレベルにない、カオス状態の私の所有本は、ただいま「きもの本」チームが増殖中。
このきもの本たちの核は、本ではなくて、きもののはず。
この書棚の演出に挑むとしたら、超難しそうなテーマなのである。(挑まないけど)