手が届くオーダーメイド

新しい洋服が欲しければ、リアル店舗に行けば、その日のうちに、ネット店舗なら2、3日後には着用が可能である。
ところが新しい着物が欲しければ、着用できるまでは、だいたい一ヶ月〜二ヶ月待ち。
布(反物)の状態で買って、自分のサイズに仕立ててもらって、という工程を待つから。
もちろん、SMLって感じに規定サイズで仕立て上がって売っている着物の場合は、洋服と同様の早さで着用できる。
しかし私、着丈で選ぶとLサイズになるのだが、横幅のほうが余り、余った分を必死に両脇に詰め込むも、次第に背中のほうに余り布が移動している〜脇にひっぱらなきゃ、という着用中のストレスとの戦いに、懲りてしまった。そういう人は多々いると思う。
だから、せっかく新しい着物を買うなら、一ヶ月待ちでも自分サイズに仕立ててもらうほうを選び、待つ。
そういうものだから、待つことにも慣れる。
さらに、反物になる前の状態、白い布の状態から、自分の好みの柄を染めてもらうという工程まで追加すると、染め上がるまでの時間も加わる。
白い布の状態から柄を染めるなんて、とってもオーダーメイドなことができると知ったのはつい最近。
しかもそんなセレブっぽいこと、まさか私ができるわけないよね? ところが。
五月の連休の帰省中、母に、目をつけていた呉服屋に行こうと言われる。
私には着丈が短い母の小紋を一枚、羽織に仕立て変えしてもらうのが目的。と、思っていたら。
呉服屋で、羽織ではなく道中着への仕立て変えなら可能と話がまとまったところで、母が白絹の反物を取り出した。
所有物の中から発掘してきたらしい。
この布に染めたいので、小紋のカタログを見せて、と母。
あっというまに私の前にカタログが二、三冊、積まれる。
私、何が起こっているのか、飲み込めない。
呉服屋の主人と母が、カタログを開いて物色を始める。私もカタログを一冊開いてみる。
さまざまな小紋を着たモデルの写真のカタログだった。
つまり、この中から好きな小紋を選ぶと、それと同じに白絹の反物を染めてくれて、それを着物に仕立ててくれる、ってこと?
そんなことができるもんなの? すごく高いんじゃないの?
染め代は?と母が聞くと、3万数千円、と答える呉服屋主人。
あれ、想像していたほど高くはない。
決して安い金額ではないけれど、一反のために人員を手配するわけだし、染めの技術料も入っているわけだし。
この場合、布がすでに持ち込まれているから、布代がかからない。
布代も追加となったら、もっと高かったんだろうけど。
どんな用途の着物?と主人に聞かれて、ええっと週末の外出時の街着に・・・とあたふたと私が答えると、ああ、趣味の着物ね、と主人。
ふうん「趣味で着る」っていう表現でカテゴライズするのか。
着物用途のカテゴリーって、パーティ、和ものお稽古、趣味、って感じらしい。
結局、母が見つけたページの小紋に、三者一致で決定。
ダークグリーンの地に淡い色の数種の小花模様がちりばめられた、和風リバティプリントみたいな柄。秋に似合う感じ。
染め上がったら連絡しますね〜と、主人に見送られて、客としての初・リアル呉服屋を後にする。
私が注文したのは、決まった型があって型染めする小紋だから、手書き友禅などの一点ものや、着物作家が顧客のイメージにあわせて描くなど、もっと値がはるものがあると思うけれど。
布地からオーダーだなんて...とてもとても贅沢な気分になって、ふわふわうれしかった。
ところで。
着物の世界でオーダーメイド方式があたりまえなのは、着物のデザインがひとつだけだからだろう。
百花繚乱なデザインの洋服は、デザインがある程度固定されるスーツ一式ならともかく、ありとあらゆるデザインのオーダーメイドは、メジャーなものではない。
洋服は、毎年のトレンドや流行を、消費者ではなく一部のハイブランドの作り手(売り手側)が決める、という特殊なマーケットだ。
でもそれについていけなくなっている人も増加しているんじゃないかな。
結局、雑誌にも売り場にも似たようなデザインの服が並ぶことになるし、いくらこれが今年のトレンド!と言われても、自分に似合わないとわかっていたら、私はその服は着ないよ。
自分が欲しい服のイメージはあっても、なかなかそれに出会えないし。
たとえば、身体につかずはなれずの、自分のウエストにぴったりの位置に絞り部分がくるカシュクールワンピを、既製品の中から探してもなかなか見つからない・・・と思っていたら、カシュクールワンピなら、希望サイズで作ってくれそうなサイトを見つけた。こんど試してみることにする。やはり、出来上がりまでは、約一ヶ月とあって、着物と同じ。
しかし、その上をいくシステムが稼動予定のようだ。
アパレルブランド立ち上げプラットフォーム「STARted(スターテッド)」が、この夏稼動開始。(ってことはもうすぐ?)
服飾の専門知識が全くない人でも、服のイラストをアップロードするだけで、服を作ってもらえ、自分のブランドを立ち上げて販売もできるサイトとのこと。稼動前なのにすごく注目度が高いらしい。
これ、販売まではしなくても、ただただ自分の欲しい服を、オーダーメイドで、手の届く価格でつくってくれることを望む人もいるんじゃないかと思う。
洋服のマーケットも、トレンドを決めるのは売り手ではなく、消費者、に移る可能性もあるか??
(本来、消費者主体が普通のマーケットの姿だけどさ)