手動式...


先週末、ガラス作家、秋葉絢氏の帯留をリアルで見てみたくて、ちょうど開催されていた作品展へ。
場所は銀座の奥野ビル・・・着いてびっくり。素敵にレトロな建物。
入ってびっくり、中もレトロ。タイムスリップしたような感覚。
なんだか、廊下の角からレオンがぬっと現れそう。小津映画の登場人物の勤め先の会社みたいでもあり。
建物内は、いくつもの小さなアトリエやギャラリーが入っている様子。
うん、そういったもののうつわとして、とてもふさわしい建物だわ。
作品展の会場は4F・・で、エレベーターを見つけてまたびっくり。
「手動エレベーター」と案内があったのだ。
外扉と、内側の籠扉を手動で開けるエレベーター。
ビリー・ワイルダーの映画の中のオフィスに出てきそうなアンティックな階数表示板(画像)も現役稼働中。
案内には、きちんと扉を閉められないと1分後にブザーが鳴り、他の階の人が呼び出せなくなる、とか書いてあって、どきどきして、4Fだから階段を上れないこともないけれど、これは乗らないより乗ってみたほうが面白いだろう、と決意し、えいっと外扉をスライドしてみた。ら、スライドしたとたんあっというまに逆方向に戻ってくる。
どーしよーとあせってエレベーターの前で一瞬静止したら、折りよくそばを通りかかった勝手知ったる感じの男の人が「あ」と不動の私に気がつき、外扉、籠扉とも開けてくれ、「中に入ったらきっちり籠扉を閉めてから、行き先階数のボタンを押してくださいね」と親切に指導したうえ見送ってくれる。ありがとうございます・・・。
秋葉絢氏は、作品展初日にほとんどの作品が売り切れる人気ガラス作家(そんな作家、たくさんいるものじゃないよね?私は現代アーティストの状況に詳しくないけれど)と噂にきいた通り、そのときの出品作のほとんどがすでに売約済だった。
出品作は主に、蓋物と帯留の二種。秋葉絢といえばこの二種、のようだ。
蓋物とは、乱暴に説明すると、フタがついているうつわ。
もちろんただのフタつきうつわなどではなく、たとえばこの作品展に展示されていた「ななつの子」という蓋物は、フタの上にはカラスの夫婦が止まり、うつわの中には、口を開けた七羽のひなと卵が入っていて、うつわの外側には赤い夕陽の風景が映し出されている。そのすべてがガラス。(「ななつの子」は絢さんが直接私のそばに来て説明してくれたのだ♪)
帯留はもちろん小さなものだけど、蓋物も、手のひらにのせることができるくらいの小さなサイズ。主なモチーフは動物。
これら小さきものたちにほどこされた繊細な超絶技巧、なのにトータルな作品のイメージは「可愛い・・・」なのだ。
海外に持っていっても間違いなく人気になるだろうなあ。ある意味日本的だもの。
たとえば、ヨーロッパの作家が馬の置物をつくる、となったらナポレオンが肖像画で乗っかっているような馬をつくるだろうけど、日本人がつくるのはチャグチャグ馬っこですから。日本人が動物をデフォルメしたら、たいていのものは、ねらったわけではなく自然に「可愛く」なるんだよね。
誰にとってもわかりやすい美しさと可愛さと超絶技巧であることに加え、人気の理由は、帯留も蓋物も「実用品」だからなのかも。どんなに美しくても帯留は身につけて使うものだし、蓋物も、茶道の茶会で茶道具のひとつにする人もいるとか。
鑑賞するものではなく使うもの、なので、アートというより工芸なのかもしれない。
「アート」にこだわらなくても、じゅうぶん人を幸せにすることはできるのだ。
秋葉絢作品の中心価格帯は、帯留は二万円、蓋物は十五万円だった。
ガラスという繊細な細工物の宿命で、ひとつの作品の背後には完成の一歩手前で破損したものもたくさんあるはずであり、ひとつの作品にかける時間やエネルギーも並々ならぬもののはずだから、出す作品がほぼ全部売れるといっても、
おいしい仕事というわけでは決してない。
ただ、ガラス作家と名乗る人は大勢いるわけで、その中で売れっ子というのは嫉妬されることもあるのではないだろうか。
と、思ったのは、元ジュンク堂書店員の書いたエッセイの中で、ベストセラー作家の苦しみについて触れた箇所を思い出したから。
ベストセラーを出した作家たちは、口には出さなくても、尋常ではない事態が起こるようで、村上春樹は作家としての心身を守るために、日本からアメリカへ居住場所を移したくらいであったし、横山秀夫も「クライマーズ・ハイ」のあと7年間小説を書けなくなったり、吉本ばななも、若くしてベストセラー作家となり、収入のほとんどを税金に持っていかれる状態なのに、借金の申し込みがあとを絶たなかった、と語ったことがある、などなど。
作品展会場内でお会いした秋葉絢さんは、作品と同じような優しい雰囲気の方で、これからも繊細で優しい作品をつくりつづけていただきたいなあ、と願った。
会場の、レトロでおしゃれな奥野ビルは、昭和7年に建築されたものとのこと。
手動式エレベーターとの邂逅といい、建物に入る時点から、秋葉絢さんの作品世界に迷い込んだような心地よさを味わった。