「怖い」が褒め言葉

書店に寄ったら、宮部みゆきの新作「悲嘆の門」上下巻の平積みが目に付いて、購入。
時間があるときに読もう。
宮部みゆきは、やはり江戸モノよりも現代モノが圧倒的に好きだ。
唐突だが、私の母は、本も読まないし、映画も見に行かない人である。
ただ、シーズンごとのテレビドラマは、私よりも熱心にチェックしている。
だから帰省時は、ごはんを食べながら母とテレビドラマ鑑賞をしたりするが、あるとき、宮部みゆき原作のドラマ「名もなき毒」を見ていて、その回がクライマックスとなったとき。
宮部みゆきは、怖いわ」
と母が言った。
あ。宮部みゆき、凄い。
相棒でも、踊る大走査線でも、古畑任三郎でも、金田一少年でも、江戸川乱歩でも、横溝正史でも、母が一度も口にしなかった言葉を引き出した。
しかも、ミステリー作家が、一番欲しがっているたったひとことを。
怖い。
ミステリー作家が渇望する、最高の褒め言葉。
母が感じた宮部みゆきの怖さは、劇場型犯罪でも猟奇的ホラーでも大道具的トリックでも作り出せない怖さ。
誰しもの身近にある、今日すれ違っているかもしれない、明日まきこまれるしれない、いつか出遭うかもしれない、人間の心のすがた。
見知らぬ相手と電話で会話しているときに、ある種の人間の性根にだけ、ぞっとする何かを感じるときの、感覚。
心も性根も、見えないものなのに。見えないものが、人を怖がらせる。
人を怖がらせるのに、刃物も弾丸も血も、いらないね。人の心が一番怖い。
共感と既視感をそそるミステリーは、女性作家ならではかもしれない。
「怖いもの」に出遭いにいく必要はないんだ。
見えないだけで、たぶんワンマイル以内にいる…。
ぞぞ。