紆余曲折

心が紆余曲折している。
昨日は心が氷のように冷たくなっている自分を感じたのに、今日は、〆日で1日中、激デスクワークをしながら、途中で1時間くらい涙が止まらなくなる。
ふたりの友人から、助言をもらったので、その一端を実行してみる。
ひとりは、困難や苦難を抱えているときは、望んだ結果が得られなくても、とりあえず誰かに、口に出して言っておくべきだよ、という助言。
望んだ結果が得られないから言っても無駄だ、とするより、誰かに言ってみると、状況は変わらなくても、その人の中の何かは必ず変わる。
その言葉を聞く前と、聞いた後では、何かが変化して、二度と聞く前と同じ状態には戻れない。
もうひとりからは、敵をつくってもいいが、味方まで失うな、というもの。
自分を信頼してくれ、苦難を理解してくれそうな味方を見極めたら、他の人を敵にまわすようなことがあっても、その人たちは大切にしたほうがいい。
ふーん。
私を、私の言うことを信頼してくれそうな、誰か。
そういえば、私の困難に遠く関連する経理部と、人事部に、いるなあ。しかもふたりともほぼ責任者レベル。ひとりは同期。
たぶん私の言葉を信頼してくれる。
大変危険な仕組みが、昨年、個人の達成感を優先してつくられ、私はさんざんその仕組みに反対してきた人々のひとりなのに、つくった人たちが手をひき、そのまま私に危険な運用を投げようとしている。
その状況だけは、誰かに伝えておこう。何もしてくれないかもしれないけれど、聞いてしまったからには、その人たちのなにかに、つながっていく可能性がある。
というわけで、伝えておく。ああメールって、なんて便利なんだろう。これじゃあ社内告発も昔よりラクになったろうね。
それから。
味方かあ。
こんどできる同じシマの人たちは、同じ苦難に直面しているに等しいから、シマの人たちは味方として、大切にせねば。(別にシマの責任者じゃないけど)
間接的に関連するシステム部の人たちも、ほぼ全員、味方になってくれるはず。
後は、私が助ける相手、サポートする対象の社内の人たちは、本来つくしてあげるべきで、味方にしたほうがいいとは思うけど、適度につきはなさないと、こちらの身が持たない。
でも、どっちかというと敵にまわす意味はない人たちで、ゆるやかに味方にしなくては。
心理的に、どうしても味方にはできない人たち。もう、私の中では、敵としか思えない人たちはどうしても、いる。
会社は社員を搾取してもいいけど、社員が社員を搾取したり利用したりするのは、それが自分に向けられたら、もう、心理的にどうしても、だめ。
明日も、まだ、心は紆余曲折だろうか…。