インからアウトへ

インプットの時期は終わった。アウトプットの時期だよ。
そう言われているような気がする、今日この頃。
今月に入って、眼精疲労が急に強くなったのは、経年による視力の低下かな。
目を使う作業時以外は、裸眼で平気だったのが、そうではなくなってきた。
裸眼でいるだけで、眼精疲労を感じる。
眼底検査もして、眼球も診察してもらった結果、眼そのものには異常がなかったので、眼鏡レンズをつくりなおしに行く予定。
このぶんだと、目を使う作業時以外も、眼鏡をかけることになりそう。
以前、イメージコンサルティングで選んでもらった眼鏡フレームは気に入っているので、眼鏡をかける時間が多くなってもかまわないけど。
服装が微妙に変わりそうだな。
甘口、フワフワ系は合わないなあ。(もともとそういう服装はしていないけど)
私の眼鏡フレームの場合、服装も、輪郭線がくっきりした感じのほうが、似合いそう。(もともとそういう服装なんだけど)
着物もそうだなあ。眼鏡が似合う着物・・・というのは、ある、たぶん。それは、礼装より街着のはず。街着路線の私には幸いだ。
老化が最初にくるのは眼で、眼は、インプット器官の最たるものだけど。
(人によっては、眼で語れるような、アウトプット器官力が強い人もいると思うが)
もうインプットする時代じゃないよ、ってことかな。
自分がインプットしたものを、アウトプットしていく時代、人にあげる時代にシフトしてきているよ、とも受け取れるなあ。
インプット器官が元気な時代の自分へ、世代へ、アドバイスするとしたら。
人の受け売りと言われようが、自分の意見がないと言われようが、やりすぎと言われようが、好きなだけ、インプットしておけ、ってことかな、
見るもの、読みもの、視覚的な情報を、貪欲にインプットしておけって。
やがて、インプット量<アウトプット量にならざるをえない時代がやってくる。
インプット器官のエネルギーが衰えたときには、インプットに対する選択眼も必要になってくる。
視覚によるインプットは減っても、耳からインプットする講義系はまだイケるかな、としょうこりもなく考えている自分なのだが。