ゼロにする行動

会社員をやっていて、思った。
何かを始めること、つくること。
それをやりたがる人は、たくさんいる。
何かを終わらせること、なくすこと。
それをやりたがる人は、少ない。
もうこの商品、終わらせてくれたほうが助かるのに〜ってときに、つくった人は無関係な場所に逃走済み、というシーンに何度も遭遇してきた。
どんどん作りつづけてきた一方で、廃炉がまだひとつもない原発だって、そう。
終わらせることを、やりたがる人はいない。
単純に、「つくること」よりも、ずうっと面白くないことだからかもしれないし。
組織でそれをやろうとすると、終わらせる者が、責任をとる者、というスタンスにされてしまうから、みんなそこから逃げるんだよ、と人から意見をもらう。
逃げる。
失敗したときに、逃げようとする人もいる。
「あなたが就職したら、あなたは必ず、仕事で失敗をするだろう。
あなたの評価は、失敗をしたことで決まるのではない。
失敗をしたとき、それをどうやってフォローしたかで決まる。
だから、失敗をしたとき、それを隠そうとしないこと、逃げないこと。
すぐにフォローに走ること。そこであなたの評価が決まるから。」
就職前に、偶然目にしたこの言葉に、ずっと支えられてきた。
この言葉の内容を、知らない大人のほうが多いな、ということも分かった。
夏の新○○競技場の騒ぎで、いれかわりたちかわり現れた大人たちに、失敗のフォローに動く人はなく、失敗から逃げようとした人たちばかりがいた。(あの建築設計の大御所は、イメージ戦略的に見ても、フォローに動いたほうが圧倒的にプラスだったと思う)
でも、今起こっている、例の傾斜問題では、組織丸ごとで、失敗のフォローに向かおうとしている大人たちの姿が、見える気がする。被害者の方の立場から見れば、叱責されると思うが。
終わらせることも、フォローも、「ゼロにすること」だと思う。
ゼロにする行動力は、なかなか持てない、でも、絶対に必要。