名刺コンプレックス

ほとんど毎年、新しい名刺を支給されてきた。
仕事の内容は変わらないのに、所属部署の名称は変わることが多いから。
私の仕事内容からして、ふだん、名刺を渡す機会はとても少ない。
めずらしく、名刺を渡す予定が入ったので、今年もらった名刺をとりだしてみて。
肩書きが真っ白になっていることに、気がつく。
そういえば、人事制度を変更して、管理職(課長以上)に到達していない社員からは、いっさいの役職をなくすことにする、と言われたんだっけ。
(役職だけじゃなくて、給与も減額される予定である。圧倒的にそっちの対策に意識が行っていた)
肩書きが真っ白だったのって、入社後五年間に限ったことで、それ以降はずうっと、なんらかの肩書きがついてきた。
だから、真っ白なのに気がついたとき、意外にも、ショックを受けていた。
じぶんはそういう欲は薄いと思っていたのに、意外にも。
なんでショックを受けたかと言うと、なんの肩書きもない名刺を出して、相手に信用してもらえるだろうか?という不安と、長期の勤務年数でいまだに肩書きがナシ?と思われたら恥・・・という思いが湧き上がったから。
さいわい、私が名刺を渡す相手は、いわば業者さんで、こちらがお客の立場だし、電話で話した感じでは、どうやら新人の営業さんのようだし、なんとかなるか。
と、立ち直る。
しかし。
相手がお客さんだった場合は、立ち直れなかったかもしれない。
お客さんじゃなくても、対等な立場で仕事をする社外の相手だったら。
そういう相手に名刺を渡すことが多い仕事にある社員は、山のようにいるけれど、だいじょうぶかなあ。
肩書きなんて、関係ない、実力で勝負だ、というのは美しい論理だ。
しかし、リアルに肩書きのない名刺を手にしたとき、どうしようもないこまかな感情が沸き起こってくる・・・のに、じぶんでもびっくり。
私が気にしすぎかなあ、と思っていたら、かつて、創業してまもない堀場製作所で、実力重視で、名刺も肩書きもつくっていなかったところ、それに関して社員が抱く不満のムードに気がついた社長が、いっせいに社員全員を課長にして、名刺をつくった、という話を知る。
「肩書きをもっていなければコンプレックスになる。それが日本人の本音」「毎日楽しんで、おもしろおかしく仕事をしてほしいから、社員の不平不満を最小限に抑える」と語る堀場氏。
それは、今から60年ほど前の出来事なのだけど、60年たった今も、そのコンプレックスは生き続けていると、実感する。
と同時に、今さらながら、肩書きがない状態で仕事をすると、どうなるものなのか、じぶんの実験でもある。