リアルワーカー

わたしは元気だから!と母に大声で主張した、その三日後に、救急車で運ばれてしまった。
人生初の救急車。
今まで、「救急車で運ばれた結果、なんでもなかった」という話を何度か人から聞いたことがあって、そうか、救急車は、結果が出なくても、呼んでいいものなのだ、とは思っていた。
(結果が出なかったからこそ、後日談がおおっぴらに語れるのかもしれないが)
なので、左胸が突如痛くなりはじめたとき、ここは救急車を呼んじゃおう!と決意して呼んだ。
もしかして左肺に気胸?と思ったからだ。
左側の肺なだけに、心臓の位置が動くのも早いかもしれない→脳に血液が行かなくなる→死ぬ。
という図式が、頭にさああっと浮かんで。
静かに楽しく勉強していただけなのに、なんで突如そうなったのか混乱しながら、周囲の人に助けを求めて、救急車を呼んでもらう。
10分足らずで、救急車が到着。
はじめての救急車だ〜と(胸は痛いけど)感動しながら、でもわたし歩けるので、ふつうに乗り込む。
背もたれ部分を起こした状態の台に横たわって、指に酸素計、腕に血圧計、足首と手首と胸に心電図、と次々とセッテイングされる。救急隊員さんは、聴診器も当てて調べている。
そういえば救急車が来ても、受入先の病院がない、という話も聞くけど・・・と思っていたら、約五分後に、病院が決まりましたよ、と声。
ぜんぜん知らなかった病院名。でもとても気合の入った病院名だった。
出発っ!という感じで、例のサイレンがスタートして、きっといま、車外の車は、ストップしてくれていて、その中を救急車が走り抜けているんだろうな・・・と、今まで外側から見てきた風景を(胸は痛いけど)想像する。
走行中に、身上書のような聞き書きをされる。
名前や住所や生年月日などのあと、病歴や状況の質問。
「何をしていたときにこうなりましたか?」
「講義を受けていました。静かなデスクワークです。」
「その講義に関係したお仕事なんですか?」
「いえ、仕事はぜんぜん別。」
「自己研鑽のためにですか〜」
「はい〜」
などと、会話。
なぜだかずうっと話しかけられているので、返答し続けなくてはならない。
もしかして、話しかけつづけるのが、救急上の正しい処置なのかもしれない。
救急隊員さん同士の、「これは○○だね!」 「うん、□だね!」と、暗号のような単語がまざった会話が聞こえてくる。
え、○○ってナニ? □ってナニ? と(胸は痛いけど)興味をひかれる。
あとで分かったのだが、このときの会話は心電図を見ながらのものだった。
まもなくして、救急隊員さんの言うことには。
「呼吸音が正常なので、肺ではないと思います。
今まで指摘されたことがないかもしれませんが、あなたは不整脈です。」
「そおなんですか。」
それが重大事なのかよくわからないし、わたしは不整脈じゃない!って否定できる確信もないし、他にリアクションしようがない。
でも、ここ二年くらいのあいだ、ときおり起こっていた胸の痛みの回答を、いま救急車内で、もらった気がした。
などのやりとりをしているうちに、病院に到着。走り出して10分経っていないかも。
救急車外に台ごとすべり降りて、「ER」と文字の入ったガラス戸を、通り抜ける。
(半身起こした状態なので、周囲がとてもよく見えるの)
ER内の診察台に(また半身起こした状態で)移ったら、そこでも再び同じような装着がセッティング。
気胸かもしれないので、寝たまま取れるレントゲンセットもやってくる。
血液検査もしてくれる、ってことで、採血もされる。
レントゲンの診断と血液検査の診断結果が出るのを、半身起こした状態の診察台で待っていると、次々と、救急車で搬送されてきた人のストレッチャーが、前を通過していく。
みんな意識を失っていたり、足が折れてるからね!という声が飛び交っていたりして、すごく重症そうな気がする。
わたし程度の症状で運んでもらって、恐縮です〜とひとり心中で思っていると、診断結果が。
レントゲンの結果、気胸は起こしていない。(良かったーっ)
心電図は、今はすっかり正常になっている。(そういえば、胸の痛みも治まっていた)
血液検査も異常なし。
そして、レントゲンでは見えない小さな気胸がないか、MRIをとりましょうか?と聞かれてびっくりする。
すっとMRIが差し出せるの?すっとMRIがとれてしまうの?
それだけ設備と人員が整っていた巨大病院だったのだ。
(とらなくていいです、と断ったけど、今にして思えば、せっかくの機会だったので、とっておいたほうがよかったかも)
こんな病院があるということに・・・首都の底力を感じた。
それにしても、救急隊員さんといい、ERの看護師さん、技師さん、医師さん。
みんな若いので、それもびっくりだった。
二十代から三十代前半じゃないかなあ。そうじゃないと、ERで働く体力が続かないのかもしれないけれど。
若い人々が、秋晴れの日曜日にERで、人生の後半に入った救急患者の処置をしてくれているなんてーっ。
ネットワーカーのほうがコストはいい、利口な働きかただ、という考え方もあるかもしれない。
でもきっと、周囲の人間をストレートに感動させるかどうかという点では、リアルワーカーにはかなわない。