スタンドカラーの発見

スタンドカラーコートが、豊作な今冬である。
スタンドカラーは、グレースタイプには、お勧めのデザインだ。
この機会に、買おうかな、と迷わせるアイテムである。
スタンドカラーではないが、使いつづけたいコートを既に持っているから、新たにコートを買う必要はない。
しかし、私は買った。スタンドカラーのコートを。
買う必要がないものを買うときは、自分に対して、精神的なフォローを必要とするときである。
「精神的なフォロー=買い物」が常習化するのは危険なので、自制せねばならないが。
暮れも押し迫った頃に、コートで歩いていた六本木ヒルズの中で、○ス!と言われてしまったとき。
「暮れの自分」に対する褒章がこの言葉になるのは、間違いなく空しい。
一年がんばったでしょ?冬のボーナスもらったでしょ?コートの一着ぐらい買いなさい、と、もうひとりの自分から、もうひとりの自分に声をかけていた。
たまたま年末期限の10%割引券を貰っていたこともあり、新宿伊勢丹で、コートを物色。
新宿伊勢丹は、他の百貨店には出ていないブランドや、他店なら敷居の高い店舗づくりをするブランドが、広くはなくゆとりもあるとはいえないスペースに、無造作に出店している感じが、大胆である。
1Fを歩いていると、なぜか気分がアガる。
このアガり方は不思議だ。1Fのスペースの作り方に何か理由があるのか。
まだわからないけれど、いつかその理由に気が付くかも。
取り憑かれたように、スタンドカラーを探しながら、巡り歩く。
「顎のファンデがつかない角度を研究したスタンドカラー」とか、カラーの内側にファーや中綿をつけたものもある。
妙に、大勢のマダムでにぎわっているなあ、と思った一角は、インデヴィ、アンタイトルなどの大きめサイズのコートのコーナーだった。
本来、若い世代の女性に向けてつくられたデザインのコートに、熟年世代、シニア世代のマダムが大勢ひきつけられているのって、デザインが魅力的なものを見抜いているってことじゃないかなあ。
サイズさえあれば、本当に着たい服は、別の世代をターゲットにした服という場合もありうるのだ。
自由区で、これがいいかも、と目をつけて、一着のスタンドカラーコートを試着したとき。
スタンドカラーって、意外とすきま風が吹き込むことに気がついた。
インナーにタートルネックを着るか、コートの外側ではなく、内側に、ストールなどの巻物を加えることが必要である。
たとえ巻物が外側から見えなくても。
襟の内側に、ファーや中綿が巻かれたものも作られていることに、納得する。
すきま風防止だったのだね。
何はともあれ、スタンドカラーのコートを獲得して、さっそく着てみる。
通勤電車に乗り込み、本を読もうとしてうつむいたとき、顎がスタンドカラーに当たることに気がついた。
「顎のファンデがつかない」を売りにしていたスタンドカラーがあったのって、このことか。
たしかに、ちょっと気になる。
そこで、うつむかないで顔をあげたまま、本を目の前に持ってきて読むことにする。
スタンドカラーの発見。
それは、うつむくと顎がカラーに当たる→うつむくことができない、ということだ。
顔をあげて、歩かなくてはならない。
そうなってみて初めて、ただ歩行していても、自分が無意識にうつむく動作をしていたことに気がつく。
スタンドカラーを着ていたら、もしも○スと言われても、私はうつむかずに、前を向いて、歩かねばならない。
スタンドカラーの服って、うつむいてはいけない人の服なのかもしれない。
詰襟の制服。軍服の正装。それを着ている軍人が礼ではなく敬礼をするのは、うつむけないからだ。
堂々とした歩行姿勢を身につけないと、着こなせない。
スタンドカラーは、もうひとりの自分の声のようである。
だめだよ、うつむかないで、前を向いて歩くんだよ、って感じの声。
私の今冬の服。