踊る女

私が今の勤務先に入社したとき、最初に配属された部署には、5年間働いているアルバイトの女性がいて、年齢的には私より四歳上だった。
新入社員というのは、電話番をする運命なので、日々、電話をとっては、部内の人にとりついでいると。
やがて、週に一度くらいの割合で、自分の名を告げない男の人から、アルバイトの女性宛で電話がかかってくることに気がついた。
その電話は、私からとりつぐことが圧倒的に多くて。
どうやら、勤務年数が長い人がとったときには、その男の人は無言で切っているようだと気づいた。
しばらくたって、社内から伝え聞いたところによると、電話をかけてくる男の人は、以前うちの社員だった人で、三十代で会社のお金を不正に使い込んだために解雇された人。
アルバイトの女性は、その男の人と、在社中からつきあっていた、とのことだった。
アルバイトの女性も、その男の人も、既婚で、配偶者がいた。
つまりW不倫だったわけ。
だから、二人の連絡手段は、お互いの自宅に電話をかけることはできないから、男の人→アルバイトの女性の勤務部署のTELという経路にしたようだった。
で、その電話をとりついでいたのが新入社員のワタシ。
当時は、メールどころか、携帯さえなかったんだよ。だからその連絡経路をとるしかなかった。通信手段の進化は、不倫の進化にも恩恵をもたらしたのね。
面白いことに、アルバイトの女性も、相手の男の人も、自分の配偶者のことを嫌いなわけではなく、ちゃんと好きだったみたい。
だから、配偶者にこのことを知られるのを何よりも恐れていたと思う。配偶者との仲を壊したくはないから。
今の婚姻関係はキープしておきたい、でも、あの人も欲しい、という間柄だったみたい。
んー…その場合、配偶者ってなんだろうね。
双方とも、こどもがいなかった。「こどもを作り、育てたい人」が配偶者だったのかな。
その人とのあいだに、こどもができなかったら、別の異性が、浮上してしまうのかな…。いや、こどもができるできないは、関係ないのか。
入社して二年くらい経ったら、例の電話はかかってこなくなった。
きっと終わったんだろうな、と思った。
そこから一年くらいたったとき、アルバイトの女性は、社内の別の男性社員と気があったようで、夜にふたりで飲みにいくなどの間柄となった。
その男性社員は既婚ではなく、独身だったけど、「一線は超えないデート」をする間柄にとどまっているようだった。
あるとき、私と、アルバイトの女性で、夜にお酒を交えた食事をしていたら、少しお酒に酔ったようすの女性が、その男性社員を話題にしてきて、「あの人は自分は結婚しない、って言っていたから、ぜったい結婚しないはずだ」と、つじつまのあわないことを(いや、つじつまは合ってるけど)、強い口調で言った。
んー…自分は結婚していて配偶者をキープしている状態で、気のある男性が独身の場合は、独身のままでいてほしくて、他の女性と結婚するのは耐えられないの?
虫のいい話じゃないですか、それ…。
私はあなたの妻でいるうえで、こういうことをしたい女なの、と配偶者に打ち明けて納得させたうえでか(ほぼ無理だと思うが)、配偶者と別れた状態なら、その論理、飲むけど。
(ちなみに、ほぼ一年後、その男性社員は別の女性と結婚しました。)
しかし、アルバイトの女性の配偶者って、よく気がつかないなあ、この人の危うさに、と不思議に思った。
その人は配偶者のことはもちろん好きだっただろうから、ちゃんとそのようすを示していたんだろうけど。
近い関係の人よりも、他人のほうが、その人の姿が見えていたりする。
危うい女性だったが、不倫ツールに役立つ通信手段が激進化した今、その人がどうなっているかというと。
フラダンスに夢中である。
四十代半ばで初めて、はまって、今6年経過したのか。
レッスンのある土曜日は、配偶者をほうっておいて一日中、教室にいりびたるほどの熱のいれよう。(そこには女性しかいない・・・それより以前、通っていた陶芸教室では、彼女は教室の男性講師とデートしていたけど)
一年に一度くらい会うことがあるので、連絡をすると、来月の下旬の発表会に向けて練習中なので、それを過ぎたあとじゃないと予定は入れられない、という熱のいれよう。
彼女は、恋愛依存をダンス依存に化けさせることができる人だったのか。
ダンス系にはまる女性は、多々いるようだけど、時間とお金の割合が互いに侵食しあうごとく、ダンスと恋愛の割合が互いに侵食する現象があるみたい。
ダンスと恋愛は、結果的に得られるもの(脳内麻薬物質とか)が似通っているとか? 
謎である。
まさかその女性にこんな未来が待っているとは、新入社員当時は思わなかった…。